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経済は難しい
2010.10.23 Saturday
老練
「情に厚く、知に薄い」。渋沢栄一を通して語られる西郷隆盛の人物像です。なにせ財政難の折に、全国に裁判所を作るために紙幣を増発しろ、と言うのだから当然といえば当然(過剰な紙幣の増発はインフレの原因になる)。かたや大久保利通は、役所のなかを歩けば雑談の声も静まりかえるほどの恐ろしい男。気は合わないが、とことん粘り、仕事ができる実務家。
では当の渋沢栄一はどのような人物なのか。関東の一農夫から尊皇攘夷をかかげて上京するも、手配をかけられて、機縁から正反対の一橋慶喜に仕えることに。さらに曲折を経て、フランスに渡り、その地で大政奉還を迎える。帰国後も民間で起業をはかるも請われて大蔵省に入る。しかし藩閥の対立から野に下り、日本初の株式会社の設立に力を注いでいく。
こんな明治維新の物語があったものかと思いました。いくども立場を変えざるをえず、不満をもちながらも事物を見て周り、一つ一つ仕事を積み重ね、現在では日本の資本主義の父とも呼ばれるようになった人物。維新志士でもなく、旧幕臣でもない。
明治維新の革命的な面にひかれる人には、おそらくつまらない小説ではないかと思います。坂本竜馬、さかのぼれば源義経や織田信長。読者は、彼らの革命性に「青春」の肖像を見るのだと思います。かたや「志を立てるのも、激発するのも、やさしい。しかし、堪忍するのはむつかしいし、貴重でもある」という渋沢栄一、すなわち「老練」です。
革命や改革は行うだけでは意味がない。その先もずぅっと人の、国の道は続いていくものなのだと。これ、明治維新に興味をもたれていたP.F.ドラッカーさんにも読ませたかったなー。
経済は難しい
著者の城山氏は、渋沢の単なる伝記小説をつくろうとしたのではなく、「現代と同様、価値観の動揺する時代に生きて、ひとりの若者にとって人生は何であるか…問い詰めてみたい。…実人生をつぶさに学んでいく小説…一大交響曲のような作品を構築してみる」と述べている。
確かに、我々読者は、本書において、渋沢が合本組織を信望していたことや、彼の人脈、賭け事に強い、といったエピソード等を通じて、彼個人の志の高さや行動、性格等について伺い知ることができる。しかし、彼は、他の幕末の志士や政治家と違い、資本主義の父と呼ばれた明治・大正期を通じた経済界の大立者であり、プロとしての経営理念や組織論等のどこが優れていたのかを知りたいところである。
彼は、他の誰にもまして成功するに至った根拠となったであろう彼の経営理論をもって、もっと広く後世に語り継がれるべき人物に足るかも…。その真相が見えないから何かもやもやする。
とは言うものの、小説でそこまで追及するのは難しいのかも知れない。…次は、専門書を読んでみたくなった。
実業家・渋沢栄一の波乱万丈の前半生を描く
渋沢栄一=明治の実業家…歴史好きでありながら恥ずかしながらこの程度の知識しかなかった私ですが、本書でその人生が波乱万丈であることを知りました。明治人のなかでもかなり特殊な経歴の持ち主ではないでしょうか?
埼玉豪農の家に生まれ(つまり農民)、養蚕などで商いを覚え、今度は幕末の志士として幕府転覆のために挙兵を思い立ち(断念)、幕府の追ってから逃れて命からがら一橋家に厄介になり慶喜の知遇を得て、フランスに留学…。
いかに幕末?明治が世の中が大きく変わる時代とはいえここまでの経歴だけでもすごいのひとこと。また、栄一が窮地に追い込まれるたびに有能さを発揮して新たな道を切り開いていくのも読みどころのひとつです。どこかドライでありながら、なんとなく愛嬌のあるキャラクターを、城山氏が瑞々しくうまく描いています。
雄気堂々〈上〉 城山 三郎
二つ折り財布
「情に厚く、知に薄い」。渋沢栄一を通して語られる西郷隆盛の人物像です。なにせ財政難の折に、全国に裁判所を作るために紙幣を増発しろ、と言うのだから当然といえば当然(過剰な紙幣の増発はインフレの原因になる)。かたや大久保利通は、役所のなかを歩けば雑談の声も静まりかえるほどの恐ろしい男。気は合わないが、とことん粘り、仕事ができる実務家。
では当の渋沢栄一はどのような人物なのか。関東の一農夫から尊皇攘夷をかかげて上京するも、手配をかけられて、機縁から正反対の一橋慶喜に仕えることに。さらに曲折を経て、フランスに渡り、その地で大政奉還を迎える。帰国後も民間で起業をはかるも請われて大蔵省に入る。しかし藩閥の対立から野に下り、日本初の株式会社の設立に力を注いでいく。
こんな明治維新の物語があったものかと思いました。いくども立場を変えざるをえず、不満をもちながらも事物を見て周り、一つ一つ仕事を積み重ね、現在では日本の資本主義の父とも呼ばれるようになった人物。維新志士でもなく、旧幕臣でもない。
明治維新の革命的な面にひかれる人には、おそらくつまらない小説ではないかと思います。坂本竜馬、さかのぼれば源義経や織田信長。読者は、彼らの革命性に「青春」の肖像を見るのだと思います。かたや「志を立てるのも、激発するのも、やさしい。しかし、堪忍するのはむつかしいし、貴重でもある」という渋沢栄一、すなわち「老練」です。
革命や改革は行うだけでは意味がない。その先もずぅっと人の、国の道は続いていくものなのだと。これ、明治維新に興味をもたれていたP.F.ドラッカーさんにも読ませたかったなー。
経済は難しい
著者の城山氏は、渋沢の単なる伝記小説をつくろうとしたのではなく、「現代と同様、価値観の動揺する時代に生きて、ひとりの若者にとって人生は何であるか…問い詰めてみたい。…実人生をつぶさに学んでいく小説…一大交響曲のような作品を構築してみる」と述べている。
確かに、我々読者は、本書において、渋沢が合本組織を信望していたことや、彼の人脈、賭け事に強い、といったエピソード等を通じて、彼個人の志の高さや行動、性格等について伺い知ることができる。しかし、彼は、他の幕末の志士や政治家と違い、資本主義の父と呼ばれた明治・大正期を通じた経済界の大立者であり、プロとしての経営理念や組織論等のどこが優れていたのかを知りたいところである。
彼は、他の誰にもまして成功するに至った根拠となったであろう彼の経営理論をもって、もっと広く後世に語り継がれるべき人物に足るかも…。その真相が見えないから何かもやもやする。
とは言うものの、小説でそこまで追及するのは難しいのかも知れない。…次は、専門書を読んでみたくなった。
実業家・渋沢栄一の波乱万丈の前半生を描く
渋沢栄一=明治の実業家…歴史好きでありながら恥ずかしながらこの程度の知識しかなかった私ですが、本書でその人生が波乱万丈であることを知りました。明治人のなかでもかなり特殊な経歴の持ち主ではないでしょうか?
埼玉豪農の家に生まれ(つまり農民)、養蚕などで商いを覚え、今度は幕末の志士として幕府転覆のために挙兵を思い立ち(断念)、幕府の追ってから逃れて命からがら一橋家に厄介になり慶喜の知遇を得て、フランスに留学…。
いかに幕末?明治が世の中が大きく変わる時代とはいえここまでの経歴だけでもすごいのひとこと。また、栄一が窮地に追い込まれるたびに有能さを発揮して新たな道を切り開いていくのも読みどころのひとつです。どこかドライでありながら、なんとなく愛嬌のあるキャラクターを、城山氏が瑞々しくうまく描いています。
雄気堂々〈上〉 城山 三郎
二つ折り財布
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中高生に読んで欲しい
2010.10.23 Saturday
いい年こいて号泣しちゃいました
浪人が決まって卒業までの間に本を読もうと思って、以前から気になっていた本書を手にとったんですが小説を読んでこんなに感動したのは本当に初めてで、そんな本に出会えて本当に幸せだと思いましたこの本には確かに“ともだち”についての答えはどこにも書いてありませんが、読者一人一人の心を揺さぶる何かしらの真実があることもまた確かだと思いますこの本に出会えたことは一生の宝物です
中高生に読んで欲しい1冊です。
短編連作の構成で描かれる長編ものです。主人公(キミ)は1話毎に替わっていくが、長編小説を形づくっています。大変面白い構成で魅了されます。
ストーリーの大半は、小学から高校までの多感な時期を描いています。主にいじめ、人間関係に主軸が擱かれていますが、近年の学校の様子、子供たちの姿を見ているかのようなリアルさがあります。中高生に読んで欲しい1冊です。
最終章が全てを台無しにしている
まず映画版を見、主人公恵美とその恋人の描写に非常な違和感を覚えた。過去のエピソードのどれもが素晴らしいのに、現在を描く部分だけがやけに軽薄で、浮いて見えた。
原作を読み、その原因が原作にあることが分った。他のレビューにもあるが、最終章は完全な蛇足で、その前の「花いちもんめ」で終えていれば、素晴らしい作品となったことだろう。今からでも遅くはないので、作者はこの最終章と言い訳めいた文庫版のためのあとがきを削除して出版した方がいい。その改良版であれば、★5を献上したいと思う。
きみの友だち 重松 清
ボーイフレンドデニム
浪人が決まって卒業までの間に本を読もうと思って、以前から気になっていた本書を手にとったんですが小説を読んでこんなに感動したのは本当に初めてで、そんな本に出会えて本当に幸せだと思いましたこの本には確かに“ともだち”についての答えはどこにも書いてありませんが、読者一人一人の心を揺さぶる何かしらの真実があることもまた確かだと思いますこの本に出会えたことは一生の宝物です
中高生に読んで欲しい1冊です。
短編連作の構成で描かれる長編ものです。主人公(キミ)は1話毎に替わっていくが、長編小説を形づくっています。大変面白い構成で魅了されます。
ストーリーの大半は、小学から高校までの多感な時期を描いています。主にいじめ、人間関係に主軸が擱かれていますが、近年の学校の様子、子供たちの姿を見ているかのようなリアルさがあります。中高生に読んで欲しい1冊です。
最終章が全てを台無しにしている
まず映画版を見、主人公恵美とその恋人の描写に非常な違和感を覚えた。過去のエピソードのどれもが素晴らしいのに、現在を描く部分だけがやけに軽薄で、浮いて見えた。
原作を読み、その原因が原作にあることが分った。他のレビューにもあるが、最終章は完全な蛇足で、その前の「花いちもんめ」で終えていれば、素晴らしい作品となったことだろう。今からでも遅くはないので、作者はこの最終章と言い訳めいた文庫版のためのあとがきを削除して出版した方がいい。その改良版であれば、★5を献上したいと思う。
きみの友だち 重松 清
ボーイフレンドデニム
いつも頭をがつんっとやられたような気持ち
2010.10.18 Monday
限りなくリアルで暗い、やや冗長な恋愛小説
タイトルといいストーリーといい、谷崎の『細雪』を意識した作品であることは間違いないのですが、『細雪』の蒔岡姉妹と対照的に、この作品の高橋四姉妹は男性の夢や妄想に全く貢献してくれません。蒔岡雪子は文句なしに、あらゆる男性が夢見る理想の日本美人だと思いますが、高橋姉妹は設定上は美人姉妹でも、その美しさや華やかさはほとんど伝わってきません。ただただ高橋姉妹の狡猾さや意地の悪さが見事に描かれています。その点あまりにリアルすぎて夢がまったくない小説だと思います。
物語の前半は結構いろいろな事件が起こりハラハラさせてくれますが、後半は結婚生活のひたすら暗くリアルな現実が金井美恵子の鋭い観察から浮かび上がります。あくまで男性の読者から見た意見ですが、結婚・妊娠・出産・夫の浮気・離婚など、人生の暗い場面における主人公たちの諦念や、それでも消えない不満と憤りが実にリアルに描かれていると思いました。
結婚は人生の墓場で、中年になるといい事なんて何もないと既に悟ってしまった人にとっては特に衝撃もスリルもない当たり前のことをリアルに描いている退屈な小説だと思います。私も正直2巻に入ってからの後半はやや苦痛でした。『細雪』からドラマチックなストーリー展開、スリルを全部取り去って、ひたすらリアルで暗い物語を描くとこうなるのかなと思います。
そういえば福田和也がただ説明が並ぶだけの作品と罵倒していましたが、その通りかもしれません。
20代後半から40代の女性の心理に興味がある人や、その苦しみに共感したい、共感できる人には面白い小説だと思います。
文章は金井美恵子らしい長々と続くセンテンスが連なっていて、最後まで読み応えがありました。
おいしい、おいしい小説
単行本を持っていたのですが、文庫になり、もう一度買いなおしました。この本はカバンに入れて、何度も何度も取り出して、何度も何度も読みなおす、おいしいお菓子のような小説です。読むたびに発見がある・・・そんな小説です。金井さんの女性特有の自意識を吹き飛ばす姿勢には、いつも頭をがつんっとやられたような気持ちにさせられます。
恋愛太平記 1 金井 美恵子
キャロウェイ
タイトルといいストーリーといい、谷崎の『細雪』を意識した作品であることは間違いないのですが、『細雪』の蒔岡姉妹と対照的に、この作品の高橋四姉妹は男性の夢や妄想に全く貢献してくれません。蒔岡雪子は文句なしに、あらゆる男性が夢見る理想の日本美人だと思いますが、高橋姉妹は設定上は美人姉妹でも、その美しさや華やかさはほとんど伝わってきません。ただただ高橋姉妹の狡猾さや意地の悪さが見事に描かれています。その点あまりにリアルすぎて夢がまったくない小説だと思います。
物語の前半は結構いろいろな事件が起こりハラハラさせてくれますが、後半は結婚生活のひたすら暗くリアルな現実が金井美恵子の鋭い観察から浮かび上がります。あくまで男性の読者から見た意見ですが、結婚・妊娠・出産・夫の浮気・離婚など、人生の暗い場面における主人公たちの諦念や、それでも消えない不満と憤りが実にリアルに描かれていると思いました。
結婚は人生の墓場で、中年になるといい事なんて何もないと既に悟ってしまった人にとっては特に衝撃もスリルもない当たり前のことをリアルに描いている退屈な小説だと思います。私も正直2巻に入ってからの後半はやや苦痛でした。『細雪』からドラマチックなストーリー展開、スリルを全部取り去って、ひたすらリアルで暗い物語を描くとこうなるのかなと思います。
そういえば福田和也がただ説明が並ぶだけの作品と罵倒していましたが、その通りかもしれません。
20代後半から40代の女性の心理に興味がある人や、その苦しみに共感したい、共感できる人には面白い小説だと思います。
文章は金井美恵子らしい長々と続くセンテンスが連なっていて、最後まで読み応えがありました。
おいしい、おいしい小説
単行本を持っていたのですが、文庫になり、もう一度買いなおしました。この本はカバンに入れて、何度も何度も取り出して、何度も何度も読みなおす、おいしいお菓子のような小説です。読むたびに発見がある・・・そんな小説です。金井さんの女性特有の自意識を吹き飛ばす姿勢には、いつも頭をがつんっとやられたような気持ちにさせられます。
恋愛太平記 1 金井 美恵子
キャロウェイ
大切なのは、信じること、与えること
2010.10.17 Sunday
「恋」と「愛」を描き分けた心温まる恋愛小説
主人公の木の葉と幼馴染のアラシは出会いと別れを繰り返しながらも導かれるように2人は結びついていく。童話に込められたアラシのメッセージを紐解くように遠回りをしながら愛を模索していく主人公の姿に胸を打たれます。
感動
年齢に関係なく、たとえ未熟な恋愛でも、本気で恋したことある人なら、心に染みると思います。私は、心の奥、在りし日の恋愛の思い出にずっぽりはまりました。愛した人はいつも、心にいるんです。
大切なのは、信じること、与えること
中学生時代のアラシから子の葉への「空飛ぶ魂の粒子」の物語から始まり、アラシの自信作の小説『ある放浪』、
ふたりの童話『猫と旅人』へと物語りは語り継がれます。
その物語と共に歩むふたりの物語も時には交わり、時には離れます。
そして、どちらの物語も子の葉がアラシの物語に望んだように、最後に希望の見えてくる話として終わります。
人生にも愛することにも疲れ、何も自分さえも信じられず、希望を失い、悲しみだけを抱えて、
絶望の淵にいるあなたへの物語。
空と海のであう場所 (ポプラ文庫) 小手鞠 るい
こども服
主人公の木の葉と幼馴染のアラシは出会いと別れを繰り返しながらも導かれるように2人は結びついていく。童話に込められたアラシのメッセージを紐解くように遠回りをしながら愛を模索していく主人公の姿に胸を打たれます。
感動
年齢に関係なく、たとえ未熟な恋愛でも、本気で恋したことある人なら、心に染みると思います。私は、心の奥、在りし日の恋愛の思い出にずっぽりはまりました。愛した人はいつも、心にいるんです。
大切なのは、信じること、与えること
中学生時代のアラシから子の葉への「空飛ぶ魂の粒子」の物語から始まり、アラシの自信作の小説『ある放浪』、
ふたりの童話『猫と旅人』へと物語りは語り継がれます。
その物語と共に歩むふたりの物語も時には交わり、時には離れます。
そして、どちらの物語も子の葉がアラシの物語に望んだように、最後に希望の見えてくる話として終わります。
人生にも愛することにも疲れ、何も自分さえも信じられず、希望を失い、悲しみだけを抱えて、
絶望の淵にいるあなたへの物語。
空と海のであう場所 (ポプラ文庫) 小手鞠 るい
こども服
敗北を抱きしめて
2010.10.16 Saturday
素直に物語として読み解き、キャラクターへの感情移入を求めるのであれば、
あいにくながらこの小説は半ば破綻を来しているように、個人的には思われる。
江藤淳に指摘されるまでもなく主題は明白、すなわち、戦後日本における
アメリカ的なものの浸潤に伴う前近代的な家父長制、パターナリズムの終焉と変質。
「僕たちが外国から受け入れたものは、矛盾をうんでいる。その皺よせは家の中へくるさ」。
主人公のこの語りこそがまさにこの小説を象徴する。
それを意識してストーリーに仮託された寓意を読み解いていけば、無茶苦茶にも
見える描写は一転、極めて巧みな相を現すこととなる。
「三輪俊介はいつものように思った。家政婦のみちよが来るようになってから
この家は汚れはじめた、と。そして最近とくに汚れている、と」。
旧態依然とした「家」を求める主人公にとって、近代的な意識の侵入はすべて「汚れ」と
みなされる。そしてまた、「家」の瓦解は彼自身の人格の瓦解を意味する。
「家の中をたてなおさなければならない」。
こうして主人公は例えば外と内とを隔絶する「塀」を画策するも、一度「汚れ」に
支配された「家」がもとの姿を回復することなどもはやあり得ない。
かといって、自らになじまぬ「シキタリ」に適応できるはずもなく、こうして
彼も徐々にその苦悩と狂いを深め、そんな中、病魔が妻を襲い……
ほぼ同時代の小説として参照されるべき一冊に三島由紀夫『絹と明察』がある。
「近代」とパターナリズムという共通の主題を持ちつつも、いかにもミシマ的な感性から
切り込まれており、これもまた、名作。
前衛でもあった小島信夫
小島信夫が亡くなった。近年、保坂和志のエッセイなどで高く評価されていたこともあって、この大作家の真価が随分と知られるようになったようだ。当方も保坂の文章に触れなかったら、改めて読み直すこともなかった。戦後の作家では、三島、安部、大江がトップランナーとされていたが、いずれもどこかで読んだような作品が多い。特に前衛と言われた安部公房の作品は『箱舟さくら丸』など晩年の長編に顕著な作り物めいた、安手のSF風がちっとも世界文学ではなかったことに思い至る。『抱擁家族』は違う。何かもやもやとしたものが、読後も後をひく。「カフカ的不安」とはまさにこの作品にこそ相応しい。漂うような、しかも視点が散漫に見える「文学ぽく」ない文体が、一見少しも知的なイメージを与えない。しかし、これこそが小説だという保坂の指摘は誠に慧眼である(『カンバセーション・ピース』はこの域にまで達していない)。遺作の『残光』では、小島自身の日常が創作活動との間で揺曳しているような作風であるが、これには少しついていくのがしんどい。
60年代半ばの、社会の急激な変化への憂いと諦め
日本のアメリカ化が本格に進み始めた戦後10~20年の時期の、日本社会が崩壊・変形していく姿を、一家庭の壊れていく姿を通して、象徴的に描いているのが本書ではないでしょうか。その暴力的ともいえる変化の要請は、家庭に入りこんでくる米兵ジョージ(情事?)の存在、最新式の欧米風住宅を建てる、などのプロットを通して表現されていきます。主人公のなすすべもなく押し流されていく様子と、したたかに適応して生きていく子供たちの姿が、時代の変化をなにより雄弁に語っているように思いました。
1960年代半ばの、社会の急激な変化への憂いと諦めがこの小説の底に流れているように思います。その意味できわめて同時代的な小説なのでしょう。今読むと若干鮮度は低いです。21世紀には多分書かれない文章なのではないでしょうか? なぜなら現代には現代の問題が存在するからです。それでもあえて今日的な意義を見出すとするなら、本書はわれわれが抱える近代化のもたらした問題の発露を予見していたということになるでしょうか。
抱擁家族 (講談社文芸文庫) 小島 信夫
ジミーチュウ
あいにくながらこの小説は半ば破綻を来しているように、個人的には思われる。
江藤淳に指摘されるまでもなく主題は明白、すなわち、戦後日本における
アメリカ的なものの浸潤に伴う前近代的な家父長制、パターナリズムの終焉と変質。
「僕たちが外国から受け入れたものは、矛盾をうんでいる。その皺よせは家の中へくるさ」。
主人公のこの語りこそがまさにこの小説を象徴する。
それを意識してストーリーに仮託された寓意を読み解いていけば、無茶苦茶にも
見える描写は一転、極めて巧みな相を現すこととなる。
「三輪俊介はいつものように思った。家政婦のみちよが来るようになってから
この家は汚れはじめた、と。そして最近とくに汚れている、と」。
旧態依然とした「家」を求める主人公にとって、近代的な意識の侵入はすべて「汚れ」と
みなされる。そしてまた、「家」の瓦解は彼自身の人格の瓦解を意味する。
「家の中をたてなおさなければならない」。
こうして主人公は例えば外と内とを隔絶する「塀」を画策するも、一度「汚れ」に
支配された「家」がもとの姿を回復することなどもはやあり得ない。
かといって、自らになじまぬ「シキタリ」に適応できるはずもなく、こうして
彼も徐々にその苦悩と狂いを深め、そんな中、病魔が妻を襲い……
ほぼ同時代の小説として参照されるべき一冊に三島由紀夫『絹と明察』がある。
「近代」とパターナリズムという共通の主題を持ちつつも、いかにもミシマ的な感性から
切り込まれており、これもまた、名作。
前衛でもあった小島信夫
小島信夫が亡くなった。近年、保坂和志のエッセイなどで高く評価されていたこともあって、この大作家の真価が随分と知られるようになったようだ。当方も保坂の文章に触れなかったら、改めて読み直すこともなかった。戦後の作家では、三島、安部、大江がトップランナーとされていたが、いずれもどこかで読んだような作品が多い。特に前衛と言われた安部公房の作品は『箱舟さくら丸』など晩年の長編に顕著な作り物めいた、安手のSF風がちっとも世界文学ではなかったことに思い至る。『抱擁家族』は違う。何かもやもやとしたものが、読後も後をひく。「カフカ的不安」とはまさにこの作品にこそ相応しい。漂うような、しかも視点が散漫に見える「文学ぽく」ない文体が、一見少しも知的なイメージを与えない。しかし、これこそが小説だという保坂の指摘は誠に慧眼である(『カンバセーション・ピース』はこの域にまで達していない)。遺作の『残光』では、小島自身の日常が創作活動との間で揺曳しているような作風であるが、これには少しついていくのがしんどい。
60年代半ばの、社会の急激な変化への憂いと諦め
日本のアメリカ化が本格に進み始めた戦後10~20年の時期の、日本社会が崩壊・変形していく姿を、一家庭の壊れていく姿を通して、象徴的に描いているのが本書ではないでしょうか。その暴力的ともいえる変化の要請は、家庭に入りこんでくる米兵ジョージ(情事?)の存在、最新式の欧米風住宅を建てる、などのプロットを通して表現されていきます。主人公のなすすべもなく押し流されていく様子と、したたかに適応して生きていく子供たちの姿が、時代の変化をなにより雄弁に語っているように思いました。
1960年代半ばの、社会の急激な変化への憂いと諦めがこの小説の底に流れているように思います。その意味できわめて同時代的な小説なのでしょう。今読むと若干鮮度は低いです。21世紀には多分書かれない文章なのではないでしょうか? なぜなら現代には現代の問題が存在するからです。それでもあえて今日的な意義を見出すとするなら、本書はわれわれが抱える近代化のもたらした問題の発露を予見していたということになるでしょうか。
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