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経済は難しい
老練
「情に厚く、知に薄い」。渋沢栄一を通して語られる西郷隆盛の人物像です。なにせ財政難の折に、全国に裁判所を作るために紙幣を増発しろ、と言うのだから当然といえば当然(過剰な紙幣の増発はインフレの原因になる)。かたや大久保利通は、役所のなかを歩けば雑談の声も静まりかえるほどの恐ろしい男。気は合わないが、とことん粘り、仕事ができる実務家。

では当の渋沢栄一はどのような人物なのか。関東の一農夫から尊皇攘夷をかかげて上京するも、手配をかけられて、機縁から正反対の一橋慶喜に仕えることに。さらに曲折を経て、フランスに渡り、その地で大政奉還を迎える。帰国後も民間で起業をはかるも請われて大蔵省に入る。しかし藩閥の対立から野に下り、日本初の株式会社の設立に力を注いでいく。

こんな明治維新の物語があったものかと思いました。いくども立場を変えざるをえず、不満をもちながらも事物を見て周り、一つ一つ仕事を積み重ね、現在では日本の資本主義の父とも呼ばれるようになった人物。維新志士でもなく、旧幕臣でもない。

明治維新の革命的な面にひかれる人には、おそらくつまらない小説ではないかと思います。坂本竜馬、さかのぼれば源義経や織田信長。読者は、彼らの革命性に「青春」の肖像を見るのだと思います。かたや「志を立てるのも、激発するのも、やさしい。しかし、堪忍するのはむつかしいし、貴重でもある」という渋沢栄一、すなわち「老練」です。

革命や改革は行うだけでは意味がない。その先もずぅっと人の、国の道は続いていくものなのだと。これ、明治維新に興味をもたれていたP.F.ドラッカーさんにも読ませたかったなー。

経済は難しい
著者の城山氏は、渋沢の単なる伝記小説をつくろうとしたのではなく、「現代と同様、価値観の動揺する時代に生きて、ひとりの若者にとって人生は何であるか…問い詰めてみたい。…実人生をつぶさに学んでいく小説…一大交響曲のような作品を構築してみる」と述べている。

確かに、我々読者は、本書において、渋沢が合本組織を信望していたことや、彼の人脈、賭け事に強い、といったエピソード等を通じて、彼個人の志の高さや行動、性格等について伺い知ることができる。しかし、彼は、他の幕末の志士や政治家と違い、資本主義の父と呼ばれた明治・大正期を通じた経済界の大立者であり、プロとしての経営理念や組織論等のどこが優れていたのかを知りたいところである。
彼は、他の誰にもまして成功するに至った根拠となったであろう彼の経営理論をもって、もっと広く後世に語り継がれるべき人物に足るかも…。その真相が見えないから何かもやもやする。

とは言うものの、小説でそこまで追及するのは難しいのかも知れない。…次は、専門書を読んでみたくなった。
実業家・渋沢栄一の波乱万丈の前半生を描く
渋沢栄一=明治の実業家…歴史好きでありながら恥ずかしながらこの程度の知識しかなかった私ですが、本書でその人生が波乱万丈であることを知りました。明治人のなかでもかなり特殊な経歴の持ち主ではないでしょうか?
埼玉豪農の家に生まれ(つまり農民)、養蚕などで商いを覚え、今度は幕末の志士として幕府転覆のために挙兵を思い立ち(断念)、幕府の追ってから逃れて命からがら一橋家に厄介になり慶喜の知遇を得て、フランスに留学…。
いかに幕末?明治が世の中が大きく変わる時代とはいえここまでの経歴だけでもすごいのひとこと。また、栄一が窮地に追い込まれるたびに有能さを発揮して新たな道を切り開いていくのも読みどころのひとつです。どこかドライでありながら、なんとなく愛嬌のあるキャラクターを、城山氏が瑞々しくうまく描いています。

雄気堂々〈上〉 城山 三郎

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