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華やかに、しなやかに。
2010.10.27 Wednesday
華やかに、しなやかに。
昭和初期の上流家庭における4姉妹、
そのお嬢さん方の生活を写実的に切り取ったような長編小説。
それぞれ常識派、几帳面、奥手、自由奔放と、個性的に生きていく様が日常的に描かれ、
当時の考え方や、個々の視点が見えるようで趣きがあります。
世間知らずなお嬢さん育ちの生活がなぜ少し眩しく映るのか?
それは境遇が羨ましいのではなく、正直に生きている様があるからだと思います。
転機となる場面で、彼女たちなりの一生懸命があり、ユーモアがあり、人間味を帯びている。
それは、時代や境遇に翻弄されても、なお眩しく有り続ける姿です。
私も彼女たちに続く妹として、この現代をただ素直に生きてみたいと思いました。
谷崎の真骨頂:大戦を背景にブルジョアの見合い話をまったり描く
よく言われるように、大阪船場の豪商の家に生まれた四姉妹の煌びやかな生活を通して、旧き良き上方文化が衰弱死していく様がまったりと豪華に描かれた作品なのだが、第二次大戦中で逼迫していく時局に対し、そんな世間に全く無頓着なブルジョアの生活を意図的に描くことで、軍部を刺激したという逸話が残っている。実際、芦屋の家のお隣さんはドイツ人一家だし、末妹の知り合いの亡命ロシア人一家がイギリスは良い国かどうかで言い争いになったり、満州やナチス・ドイツの様子がさりげなく会話に挟まれたりしているあたりに作家の意図が見えるのだが、そんな風雲急を告げる世情とは対照的に、この上巻では行き遅れた三女・雪子の見合い話が丸々一冊展開するだけ(笑)、というまったり具合が素晴らしい。
ドMな作風を誇った谷崎だがこの代表作では直情的なエロは控えていて、寧ろ華やかな四姉妹に対し一歩引き、まるで桜を愛でているように鑑賞している視線すら感じられる。勿論、これはこれで谷崎流の女性賛美ではあるのだが、何に驚くって、この四姉妹のエピソードが、妻・松子と妹達の実際の生活をモデルに書かれたという事実ですね。旧き良き上方文化はどこへ。
桜と着物
ずっとその作品の名前だけは知っていたわけですが、どういうわけか、この年齢まで読むことがないままでした。その理由はつまるところ作品に対する偏狭な偏見だったのでしょう。上巻をやっと読んだところですが、この年齢まで読まなくてよかったというのが最初の読後感でした。この世界ははたして若者にわかる世界なのでしょうか。いや私にも本当のところはわからないのかもしれません。シナ事変直前(昭和11?12年)の関西、それも神戸と芦屋が舞台です。お見合いの相手の年収は私のような門外漢にもわかる3000円強というすごい金額です。でも財産が少ないということでお見合いの席では不利となっているようです。なんという格差社会でしょう。そう格差社会はすでに戦前に存在したのです。だってベアテ・シロタ・ゴードンのお父さんのピアノ演奏会も登場するくらいです。家にはお手伝いさんもいます。年次行事としては、必ず京都に姉妹で桜を見に行くことになっています。関西人の間でも公の席では、標準語を使うのが礼儀のようです。上巻は、つまるところ2度のお見合いが全体を位置づけるイヴェントとなっています。でもここで浮かび上がるのはいつもながら女性の変わらない強靭さです。時代背景にもかかわらず、時代を感じさせるシーンや会話はほとんど登場しません。たしかに資本主義は変わりつつあるのでしょうけど、生活はあたかも変わらないサイクルのように繰り返されていくだけのようです。そして京都の桜は変わりません。ただ主人公全員が年を取っていくということ意外は。
細雪
空雲日記 一粒の涙
昭和初期の上流家庭における4姉妹、
そのお嬢さん方の生活を写実的に切り取ったような長編小説。
それぞれ常識派、几帳面、奥手、自由奔放と、個性的に生きていく様が日常的に描かれ、
当時の考え方や、個々の視点が見えるようで趣きがあります。
世間知らずなお嬢さん育ちの生活がなぜ少し眩しく映るのか?
それは境遇が羨ましいのではなく、正直に生きている様があるからだと思います。
転機となる場面で、彼女たちなりの一生懸命があり、ユーモアがあり、人間味を帯びている。
それは、時代や境遇に翻弄されても、なお眩しく有り続ける姿です。
私も彼女たちに続く妹として、この現代をただ素直に生きてみたいと思いました。
谷崎の真骨頂:大戦を背景にブルジョアの見合い話をまったり描く
よく言われるように、大阪船場の豪商の家に生まれた四姉妹の煌びやかな生活を通して、旧き良き上方文化が衰弱死していく様がまったりと豪華に描かれた作品なのだが、第二次大戦中で逼迫していく時局に対し、そんな世間に全く無頓着なブルジョアの生活を意図的に描くことで、軍部を刺激したという逸話が残っている。実際、芦屋の家のお隣さんはドイツ人一家だし、末妹の知り合いの亡命ロシア人一家がイギリスは良い国かどうかで言い争いになったり、満州やナチス・ドイツの様子がさりげなく会話に挟まれたりしているあたりに作家の意図が見えるのだが、そんな風雲急を告げる世情とは対照的に、この上巻では行き遅れた三女・雪子の見合い話が丸々一冊展開するだけ(笑)、というまったり具合が素晴らしい。
ドMな作風を誇った谷崎だがこの代表作では直情的なエロは控えていて、寧ろ華やかな四姉妹に対し一歩引き、まるで桜を愛でているように鑑賞している視線すら感じられる。勿論、これはこれで谷崎流の女性賛美ではあるのだが、何に驚くって、この四姉妹のエピソードが、妻・松子と妹達の実際の生活をモデルに書かれたという事実ですね。旧き良き上方文化はどこへ。
桜と着物
ずっとその作品の名前だけは知っていたわけですが、どういうわけか、この年齢まで読むことがないままでした。その理由はつまるところ作品に対する偏狭な偏見だったのでしょう。上巻をやっと読んだところですが、この年齢まで読まなくてよかったというのが最初の読後感でした。この世界ははたして若者にわかる世界なのでしょうか。いや私にも本当のところはわからないのかもしれません。シナ事変直前(昭和11?12年)の関西、それも神戸と芦屋が舞台です。お見合いの相手の年収は私のような門外漢にもわかる3000円強というすごい金額です。でも財産が少ないということでお見合いの席では不利となっているようです。なんという格差社会でしょう。そう格差社会はすでに戦前に存在したのです。だってベアテ・シロタ・ゴードンのお父さんのピアノ演奏会も登場するくらいです。家にはお手伝いさんもいます。年次行事としては、必ず京都に姉妹で桜を見に行くことになっています。関西人の間でも公の席では、標準語を使うのが礼儀のようです。上巻は、つまるところ2度のお見合いが全体を位置づけるイヴェントとなっています。でもここで浮かび上がるのはいつもながら女性の変わらない強靭さです。時代背景にもかかわらず、時代を感じさせるシーンや会話はほとんど登場しません。たしかに資本主義は変わりつつあるのでしょうけど、生活はあたかも変わらないサイクルのように繰り返されていくだけのようです。そして京都の桜は変わりません。ただ主人公全員が年を取っていくということ意外は。
細雪
空雲日記 一粒の涙
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