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初めて子規の作品を読みました
2010.10.29 Friday
初めて子規の作品を読みました
子規の本を読んだのは初めてです。昔は文学をやっていたのに、情けない。。。
芭蕉、蕪村、子規の句集まで読んできたけれど、この本なら子規初心者でも
読めると思います。なにか切迫したような、つましさを感じました。
一筋縄ではいかない芭蕉、明るい色調の蕪村でしたが、子規は孤独で
なにかを見据えたようだったのが、第一印象です。
子規の句を読んで
子規の句は、色あせない。
句の中に閉じ込められた情景は、開いた瞬間五官に訴え、色彩が、風景が立ち上がる。
そこにあるのは子規がその目で見た視線であり、一瞬に凝結する味わいだ。
子規の句がなぜ生き続けるのかというもうひとつの理由は、その情報量だと思う。
俳諧の「侘び」「寂び」が哀愁か、それとも諦観なのか、現代のわれわれにはよくわからない。
子規の句はある意味で“気づく”という行為の集大成だが、それで終わらないのは、この世界を「見る」ことに対する文字通り生命を燃焼させた子規のすさまじいまでの執念が、そこに見え隠れするからだ。
興味深いのは、晩年になるにつれて俳諧の決まりきった作風から脱却(逸脱)した結果、かえって本来の俳諧の「侘び」「寂び」が鮮明になってくる点である。
先鋭から普遍への回帰という子規の歩みは、表現と人との関係に何かひとつの示唆を与えるように思えて、とても興味深い。
子規句集
斜めがけ
子規の本を読んだのは初めてです。昔は文学をやっていたのに、情けない。。。
芭蕉、蕪村、子規の句集まで読んできたけれど、この本なら子規初心者でも
読めると思います。なにか切迫したような、つましさを感じました。
一筋縄ではいかない芭蕉、明るい色調の蕪村でしたが、子規は孤独で
なにかを見据えたようだったのが、第一印象です。
子規の句を読んで
子規の句は、色あせない。
句の中に閉じ込められた情景は、開いた瞬間五官に訴え、色彩が、風景が立ち上がる。
そこにあるのは子規がその目で見た視線であり、一瞬に凝結する味わいだ。
子規の句がなぜ生き続けるのかというもうひとつの理由は、その情報量だと思う。
俳諧の「侘び」「寂び」が哀愁か、それとも諦観なのか、現代のわれわれにはよくわからない。
子規の句はある意味で“気づく”という行為の集大成だが、それで終わらないのは、この世界を「見る」ことに対する文字通り生命を燃焼させた子規のすさまじいまでの執念が、そこに見え隠れするからだ。
興味深いのは、晩年になるにつれて俳諧の決まりきった作風から脱却(逸脱)した結果、かえって本来の俳諧の「侘び」「寂び」が鮮明になってくる点である。
先鋭から普遍への回帰という子規の歩みは、表現と人との関係に何かひとつの示唆を与えるように思えて、とても興味深い。
子規句集
斜めがけ
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華やかに、しなやかに。
2010.10.27 Wednesday
華やかに、しなやかに。
昭和初期の上流家庭における4姉妹、
そのお嬢さん方の生活を写実的に切り取ったような長編小説。
それぞれ常識派、几帳面、奥手、自由奔放と、個性的に生きていく様が日常的に描かれ、
当時の考え方や、個々の視点が見えるようで趣きがあります。
世間知らずなお嬢さん育ちの生活がなぜ少し眩しく映るのか?
それは境遇が羨ましいのではなく、正直に生きている様があるからだと思います。
転機となる場面で、彼女たちなりの一生懸命があり、ユーモアがあり、人間味を帯びている。
それは、時代や境遇に翻弄されても、なお眩しく有り続ける姿です。
私も彼女たちに続く妹として、この現代をただ素直に生きてみたいと思いました。
谷崎の真骨頂:大戦を背景にブルジョアの見合い話をまったり描く
よく言われるように、大阪船場の豪商の家に生まれた四姉妹の煌びやかな生活を通して、旧き良き上方文化が衰弱死していく様がまったりと豪華に描かれた作品なのだが、第二次大戦中で逼迫していく時局に対し、そんな世間に全く無頓着なブルジョアの生活を意図的に描くことで、軍部を刺激したという逸話が残っている。実際、芦屋の家のお隣さんはドイツ人一家だし、末妹の知り合いの亡命ロシア人一家がイギリスは良い国かどうかで言い争いになったり、満州やナチス・ドイツの様子がさりげなく会話に挟まれたりしているあたりに作家の意図が見えるのだが、そんな風雲急を告げる世情とは対照的に、この上巻では行き遅れた三女・雪子の見合い話が丸々一冊展開するだけ(笑)、というまったり具合が素晴らしい。
ドMな作風を誇った谷崎だがこの代表作では直情的なエロは控えていて、寧ろ華やかな四姉妹に対し一歩引き、まるで桜を愛でているように鑑賞している視線すら感じられる。勿論、これはこれで谷崎流の女性賛美ではあるのだが、何に驚くって、この四姉妹のエピソードが、妻・松子と妹達の実際の生活をモデルに書かれたという事実ですね。旧き良き上方文化はどこへ。
桜と着物
ずっとその作品の名前だけは知っていたわけですが、どういうわけか、この年齢まで読むことがないままでした。その理由はつまるところ作品に対する偏狭な偏見だったのでしょう。上巻をやっと読んだところですが、この年齢まで読まなくてよかったというのが最初の読後感でした。この世界ははたして若者にわかる世界なのでしょうか。いや私にも本当のところはわからないのかもしれません。シナ事変直前(昭和11?12年)の関西、それも神戸と芦屋が舞台です。お見合いの相手の年収は私のような門外漢にもわかる3000円強というすごい金額です。でも財産が少ないということでお見合いの席では不利となっているようです。なんという格差社会でしょう。そう格差社会はすでに戦前に存在したのです。だってベアテ・シロタ・ゴードンのお父さんのピアノ演奏会も登場するくらいです。家にはお手伝いさんもいます。年次行事としては、必ず京都に姉妹で桜を見に行くことになっています。関西人の間でも公の席では、標準語を使うのが礼儀のようです。上巻は、つまるところ2度のお見合いが全体を位置づけるイヴェントとなっています。でもここで浮かび上がるのはいつもながら女性の変わらない強靭さです。時代背景にもかかわらず、時代を感じさせるシーンや会話はほとんど登場しません。たしかに資本主義は変わりつつあるのでしょうけど、生活はあたかも変わらないサイクルのように繰り返されていくだけのようです。そして京都の桜は変わりません。ただ主人公全員が年を取っていくということ意外は。
細雪
空雲日記 一粒の涙
昭和初期の上流家庭における4姉妹、
そのお嬢さん方の生活を写実的に切り取ったような長編小説。
それぞれ常識派、几帳面、奥手、自由奔放と、個性的に生きていく様が日常的に描かれ、
当時の考え方や、個々の視点が見えるようで趣きがあります。
世間知らずなお嬢さん育ちの生活がなぜ少し眩しく映るのか?
それは境遇が羨ましいのではなく、正直に生きている様があるからだと思います。
転機となる場面で、彼女たちなりの一生懸命があり、ユーモアがあり、人間味を帯びている。
それは、時代や境遇に翻弄されても、なお眩しく有り続ける姿です。
私も彼女たちに続く妹として、この現代をただ素直に生きてみたいと思いました。
谷崎の真骨頂:大戦を背景にブルジョアの見合い話をまったり描く
よく言われるように、大阪船場の豪商の家に生まれた四姉妹の煌びやかな生活を通して、旧き良き上方文化が衰弱死していく様がまったりと豪華に描かれた作品なのだが、第二次大戦中で逼迫していく時局に対し、そんな世間に全く無頓着なブルジョアの生活を意図的に描くことで、軍部を刺激したという逸話が残っている。実際、芦屋の家のお隣さんはドイツ人一家だし、末妹の知り合いの亡命ロシア人一家がイギリスは良い国かどうかで言い争いになったり、満州やナチス・ドイツの様子がさりげなく会話に挟まれたりしているあたりに作家の意図が見えるのだが、そんな風雲急を告げる世情とは対照的に、この上巻では行き遅れた三女・雪子の見合い話が丸々一冊展開するだけ(笑)、というまったり具合が素晴らしい。
ドMな作風を誇った谷崎だがこの代表作では直情的なエロは控えていて、寧ろ華やかな四姉妹に対し一歩引き、まるで桜を愛でているように鑑賞している視線すら感じられる。勿論、これはこれで谷崎流の女性賛美ではあるのだが、何に驚くって、この四姉妹のエピソードが、妻・松子と妹達の実際の生活をモデルに書かれたという事実ですね。旧き良き上方文化はどこへ。
桜と着物
ずっとその作品の名前だけは知っていたわけですが、どういうわけか、この年齢まで読むことがないままでした。その理由はつまるところ作品に対する偏狭な偏見だったのでしょう。上巻をやっと読んだところですが、この年齢まで読まなくてよかったというのが最初の読後感でした。この世界ははたして若者にわかる世界なのでしょうか。いや私にも本当のところはわからないのかもしれません。シナ事変直前(昭和11?12年)の関西、それも神戸と芦屋が舞台です。お見合いの相手の年収は私のような門外漢にもわかる3000円強というすごい金額です。でも財産が少ないということでお見合いの席では不利となっているようです。なんという格差社会でしょう。そう格差社会はすでに戦前に存在したのです。だってベアテ・シロタ・ゴードンのお父さんのピアノ演奏会も登場するくらいです。家にはお手伝いさんもいます。年次行事としては、必ず京都に姉妹で桜を見に行くことになっています。関西人の間でも公の席では、標準語を使うのが礼儀のようです。上巻は、つまるところ2度のお見合いが全体を位置づけるイヴェントとなっています。でもここで浮かび上がるのはいつもながら女性の変わらない強靭さです。時代背景にもかかわらず、時代を感じさせるシーンや会話はほとんど登場しません。たしかに資本主義は変わりつつあるのでしょうけど、生活はあたかも変わらないサイクルのように繰り返されていくだけのようです。そして京都の桜は変わりません。ただ主人公全員が年を取っていくということ意外は。
細雪
空雲日記 一粒の涙
普通じゃない
2010.10.18 Monday
普通でない人達の連作短編小説.
駆け落ち失敗少女,ヤク中主婦,ストーカー青年etcetc.これだけの面子を集めて何が起こるのかといえばこれといった事件は特になく,淡々と物語は進んでいく.明確な結末は示されず,奇蹟による救済も起こらない.おそらくこの語の彼らの人生もろくなものではないんだろうことは容易に想像できる.
それでも登場人物たちが希望を見出せているのが凄い所だ.分かりやすい物である所か万人に共通するようなものでは決してない.それでも彼らは希望を見出している.冒頭に「普通でない」とは書いたものの,多くの人達は大なり小なり彼らと何も変わらないのかもしれない・・・
普通(?)の人たち
どこか東京近郊の郊外と思われる町に住む、いろんな人たちの物語。
この作者は、淡々とした文体で、「見なくていいもの気づかなくていいもの」をさくっと描いてしまう。死にもの狂いのたくさんの選択の結果が、冴えなくて、でも死ぬまで続いて行くこの日常であるという、多くの凡人にとっての真実。毎日の献立を考えたりテレビ見て笑ったりして誤摩化してるけど、ふとした瞬間に思い出してしまう恐怖。
「きみの名は」における「淀橋君子」、「カシミール工場」における「野村典生」、「秋のひまわり」における「マナベさん」のように、生活の中に、小さくても何かしらの希望を見いだすことで、みんなようやく生きていける。
弱ってる時に読むとちょっと滅入る。途中で本を閉じたくなる。でも、元気のある時であれば、登場人物たちのような「弱い」人間でも、それでもがんばって生きていこうよ、という作者のメッセージが読み取れると思う。
現実とファンタジーの境界線を楽しみたい。
普通の町に生きる普通の人々にも,それぞれの中には,誰にも言わない秘密があったり,突拍子も無い妄想があったりする。そんな,日常から少しだけ外れたファンタジーを綴る連作短編集。ある作品の主人公が,次の作品における主人公の視界の中に出てきて,いろいろなことを思われている。。。そんな光景が連綿と続きます。
著者がよく使う表現に「Aとか,Bとか,Cとか,Dとかを・・・した。」ってのがある。冒頭の書き出しでもいきなり。ひとつひとつが妙に具体的で,下手すると小学生の日記みたい。ただ,固有名詞をたくさん並べることによって,退屈な時間の行動や,散らかった部屋の様子や,街中の雑踏なんかを,ぱっと映像として描ける。そんな効果を狙ってるのかな。それが分かって,角田作品の面白みが感じられてきました。
個人的には「秋のひまわり」?「カシミール工場」のあたりが面白かったっす。
トリップ 角田 光代
加湿器
「想像力」に脱帽
2010.10.15 Friday
やっぱり物足りないかなあという感じ
桐野夏生さんの作品は、
村野ミロのシリーズや、「OUT」など、
長編は、いくつか読んでいるのですが
短編集は恐らく初めてです。
「アンボス・ムンドス」には
7編入っているのですが、
私としては、表題の「アンボス・ムンドス」よりも
前半の4編、「植林」「ルビー」「怪物たちの夜会」
「愛ランド」の方が印象に残りました。
桐野夏生さんらしい、という感じでしょうか。
この短編集について、ネットで感想を見てみると
皆さん、決まったように、女性の「毒」といった言葉を
使われてる方が多いのですが、
私は、感覚が鈍いのか、読みなれてるのか
それほどは感じなかったです。
自分にとって衝撃的だったというか
印象深い桐野夏生作品は
映画化もされた「OUT」と、もうひとつ、
タイトルは忘れてしまいましたが
村野ミロの人間関係が全部壊れて、
シリーズ最後かと思われる作品。
それらに比べれば、
やっぱり物足りないかなあという感じ。
無意識のうちに、桐野夏生さんには、
重い長編を期待しているのかも知れません。
桐野さんの「想像力」に脱帽
「愛ランド」では、地味で中年の独身女性、鶴子が自分の性体験を告白する。それは結構突拍子もない話で、さまざまな年齢の女がある島に連れられ、その島で女たちは男どもに競り落とされるというもの。鶴子も男たちから競り落とされ、思いっきりいたぶられるがそれが快感で止められないという話。
地味な40代の自分を奴隷として性の対象としてみてくれることに渇望感があり、それを満たしてもらえる喜びが鶴子にはたまらないのだろう。今まで見向きもされずに生きていただけに、自分のためにお金を払ってまでチヤホヤしてくれていることに恍惚するのだろう。
美人で才女の桐野さんの「想像力」に脱帽してしまった1冊だ。
短編でもすごすぎる、桐野ワールド
「グロテスク」以来、あまりにバイオレントなパワーに臆していたが、短編集ならと久しぶりに手にとった。一作ごとの完成度が高く、「読んだ」というずしりとした手ごたえを感じた。しかし、読後感はあまりよくなかった。世界はこんなに悪意や敵意に満ちた場所だったろうか? 女とはかくも残酷で邪悪だったろうか? とくに、見ず知らずの子どもに恐怖を植えつける「植林」や、毒草ばかり植えて義父への恨みを募らせる娘が、義父ともども突然殺されてしまう「毒童」はすごい、うまい、だけど救いがない! 疲れてしまった。「小説を書くのは悪人でなければならない」「表現することは闘うこと」という桐野さんの文章に、悪人になって闘う彼女自身が投影されているように感じた。
アンボス・ムンドス―ふたつの世界 (文春文庫) 桐野 夏生
チャムス
桐野夏生さんの作品は、
村野ミロのシリーズや、「OUT」など、
長編は、いくつか読んでいるのですが
短編集は恐らく初めてです。
「アンボス・ムンドス」には
7編入っているのですが、
私としては、表題の「アンボス・ムンドス」よりも
前半の4編、「植林」「ルビー」「怪物たちの夜会」
「愛ランド」の方が印象に残りました。
桐野夏生さんらしい、という感じでしょうか。
この短編集について、ネットで感想を見てみると
皆さん、決まったように、女性の「毒」といった言葉を
使われてる方が多いのですが、
私は、感覚が鈍いのか、読みなれてるのか
それほどは感じなかったです。
自分にとって衝撃的だったというか
印象深い桐野夏生作品は
映画化もされた「OUT」と、もうひとつ、
タイトルは忘れてしまいましたが
村野ミロの人間関係が全部壊れて、
シリーズ最後かと思われる作品。
それらに比べれば、
やっぱり物足りないかなあという感じ。
無意識のうちに、桐野夏生さんには、
重い長編を期待しているのかも知れません。
桐野さんの「想像力」に脱帽
「愛ランド」では、地味で中年の独身女性、鶴子が自分の性体験を告白する。それは結構突拍子もない話で、さまざまな年齢の女がある島に連れられ、その島で女たちは男どもに競り落とされるというもの。鶴子も男たちから競り落とされ、思いっきりいたぶられるがそれが快感で止められないという話。
地味な40代の自分を奴隷として性の対象としてみてくれることに渇望感があり、それを満たしてもらえる喜びが鶴子にはたまらないのだろう。今まで見向きもされずに生きていただけに、自分のためにお金を払ってまでチヤホヤしてくれていることに恍惚するのだろう。
美人で才女の桐野さんの「想像力」に脱帽してしまった1冊だ。
短編でもすごすぎる、桐野ワールド
「グロテスク」以来、あまりにバイオレントなパワーに臆していたが、短編集ならと久しぶりに手にとった。一作ごとの完成度が高く、「読んだ」というずしりとした手ごたえを感じた。しかし、読後感はあまりよくなかった。世界はこんなに悪意や敵意に満ちた場所だったろうか? 女とはかくも残酷で邪悪だったろうか? とくに、見ず知らずの子どもに恐怖を植えつける「植林」や、毒草ばかり植えて義父への恨みを募らせる娘が、義父ともども突然殺されてしまう「毒童」はすごい、うまい、だけど救いがない! 疲れてしまった。「小説を書くのは悪人でなければならない」「表現することは闘うこと」という桐野さんの文章に、悪人になって闘う彼女自身が投影されているように感じた。
アンボス・ムンドス―ふたつの世界 (文春文庫) 桐野 夏生
チャムス
ハラハラと涙が流れた
2010.10.13 Wednesday
漱石の悲しみ小林信彦さんの哀しみ
小林さんは、おそらく、紋切りや、予定調和、流行に乗ることや、多数意見に賛同すること
通俗的解釈に対して、恥の感情を持っている作家であろう。
それを承知であえていうと、これは、主人公を、坊ちゃんから、うらなりに代えた
スピンオフ小説で、『坊ちゃん』が、痛快青春小説だとする説に異を唱え
『ドーランの下に涙の喜劇人』的な小説であると解釈した上で書かれた小説である。
上記は、もちろん僕の拙い解釈で、これですべてが語れているとは思わないで欲しい。
ぼくは、この小説を読んで、ハラハラと涙が流れたけれども、涙が流せるのは、
男で、しかも、年寄りで、しかも未練がましい、やつだけかも知れない。
なお、ひとつだけ、僕が、この本で傷があると思ったのは、後半に添えられた
「創作ノート」の中で、坊ちゃんを「B型ヒーロー」だと、断じるところである。
血液型の判断は、座興ならまだしも、この本にはそぐわない
漱石の悲しみ、小林信彦さんの哀しみ
小林さんは、おそらく、紋切りや、予定調和、流行に乗ることや、多数意見に賛同すること
通俗的解釈に対して、恥の感情を持っている作家であろう。
それを承知であえていうと、これは、主人公を、坊ちゃんから、うらなりに代えた
スピンオフ小説で、『坊ちゃん』が、痛快青春小説だとする説に異を唱え
『ドーランの下に涙の喜劇人』的な小説であると解釈した上で書かれた小説である。
上記は、もちろん僕の拙い解釈で、これですべてが語れているとは思わないで欲しい。
ぼくは、この小説を読んで、ハラハラと涙が流れたけれども、涙が流せるのは、
男で、しかも、年寄りで、しかも未練がましい、やつだけかも知れない。
なお、ひとつだけ、僕が、この本で傷があると思ったのは、後半に添えられた
「創作ノート」の中で、坊ちゃんを「B型ヒーロー」だと、断じるところである。
血液型の判断は、座興ならまだしも、この本にはそぐわない
可もなく不可もなく
著名な文学の愛すべき登場人物を主人公にした作品で、文学賞を受賞したというので読んでみたが、どうということもない読後感である。原作は誰もが知っているので最初から登場人物はつかめる。あの本を異なる切り口から解いてみたらたらこうなる、という一つの例といえる。ほかの登場人物、例えば赤シャツや堀田の視点から語らせることもできよう。
昭和9年から振り返るという発想は面白い。五十台後半らしいうらなりは肝硬変で先行き長くないことが暗示されているが、堀田は戦後何歳まで生きたのだろうか、とか想像するのも楽しい。
赤シャツらが制裁を加えられる原作の結末は、昔読んだときはただ痛快と思っただけだが、考えてみれば今なら暴行傷害で刑事事件になっているところだ。維新からまだ三十数年の頃だから武家の空気がまだ残っていたのか。
ただ、新しい解釈とか驚愕の裏話があったとかの新鮮な感動はない。あくまでも地味で小心なうらなりの後半生という本である。
うらなり (文春文庫) 小林 信彦
gucci バッグ
小林さんは、おそらく、紋切りや、予定調和、流行に乗ることや、多数意見に賛同すること
通俗的解釈に対して、恥の感情を持っている作家であろう。
それを承知であえていうと、これは、主人公を、坊ちゃんから、うらなりに代えた
スピンオフ小説で、『坊ちゃん』が、痛快青春小説だとする説に異を唱え
『ドーランの下に涙の喜劇人』的な小説であると解釈した上で書かれた小説である。
上記は、もちろん僕の拙い解釈で、これですべてが語れているとは思わないで欲しい。
ぼくは、この小説を読んで、ハラハラと涙が流れたけれども、涙が流せるのは、
男で、しかも、年寄りで、しかも未練がましい、やつだけかも知れない。
なお、ひとつだけ、僕が、この本で傷があると思ったのは、後半に添えられた
「創作ノート」の中で、坊ちゃんを「B型ヒーロー」だと、断じるところである。
血液型の判断は、座興ならまだしも、この本にはそぐわない
漱石の悲しみ、小林信彦さんの哀しみ
小林さんは、おそらく、紋切りや、予定調和、流行に乗ることや、多数意見に賛同すること
通俗的解釈に対して、恥の感情を持っている作家であろう。
それを承知であえていうと、これは、主人公を、坊ちゃんから、うらなりに代えた
スピンオフ小説で、『坊ちゃん』が、痛快青春小説だとする説に異を唱え
『ドーランの下に涙の喜劇人』的な小説であると解釈した上で書かれた小説である。
上記は、もちろん僕の拙い解釈で、これですべてが語れているとは思わないで欲しい。
ぼくは、この小説を読んで、ハラハラと涙が流れたけれども、涙が流せるのは、
男で、しかも、年寄りで、しかも未練がましい、やつだけかも知れない。
なお、ひとつだけ、僕が、この本で傷があると思ったのは、後半に添えられた
「創作ノート」の中で、坊ちゃんを「B型ヒーロー」だと、断じるところである。
血液型の判断は、座興ならまだしも、この本にはそぐわない
可もなく不可もなく
著名な文学の愛すべき登場人物を主人公にした作品で、文学賞を受賞したというので読んでみたが、どうということもない読後感である。原作は誰もが知っているので最初から登場人物はつかめる。あの本を異なる切り口から解いてみたらたらこうなる、という一つの例といえる。ほかの登場人物、例えば赤シャツや堀田の視点から語らせることもできよう。
昭和9年から振り返るという発想は面白い。五十台後半らしいうらなりは肝硬変で先行き長くないことが暗示されているが、堀田は戦後何歳まで生きたのだろうか、とか想像するのも楽しい。
赤シャツらが制裁を加えられる原作の結末は、昔読んだときはただ痛快と思っただけだが、考えてみれば今なら暴行傷害で刑事事件になっているところだ。維新からまだ三十数年の頃だから武家の空気がまだ残っていたのか。
ただ、新しい解釈とか驚愕の裏話があったとかの新鮮な感動はない。あくまでも地味で小心なうらなりの後半生という本である。
うらなり (文春文庫) 小林 信彦
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