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滑稽味と滋味と人情味をほどよく漂わせ
頭上のサルは何だったのだろう?
頭の悪い私にはよくわからなかった。

老人の悲哀みたいなことばかりが書かれてあるのも気になった。

小説すばるって若い人の話しか受賞できないと思っていたが、こういった内容でも受賞できるんだって新しい発見があった。

個人的には好きな話ではあるのだけど。

切ない
「年寄りは年寄りらしく」この言葉がどれほど高齢者を苦しめているのだろう。

彼らの、人として生きる権利をも奪ってしまいかねない。

年をとっても、人を愛したり人から愛されたいと思う気持ちは、決して衰えないと思う。

また、「じゃまにされたくない」、「誰かの役に立ちたい」そう願ってもいるはずだ。

そういう気持ちを、私たちはもっと大切にしてあげるべきなのかもしれない。

頭に猿をのせて走る作次の姿を想像した時、おかしさよりも、耐え難い切なさを感じた。

新しい「妖怪小説」
鮮やかな作品だ。

滑稽味と滋味と人情味をほどよく漂わせながら、シュールな寂寥感と苦い味わいを醸しだす、軽さと重さ、薄さと濃さが綯い交ぜになったちょっと不思議な、比類ない物語世界を見事につくりあげている。

これはまったく新しい「青春小説」で、処女作でこれほどの達成をなしとげる作者の力量は相当なものだ。

──「走るジイサン」こと勝目作次(69歳)は鋳物職人あがりで、「人間の本音はもっと単純でやさしい言葉の中にひそんでいる」と思っている。

だから、子連れの中年男との恋愛に悩む明ちゃんが描いた絵の赤い色の微妙な変化に気づいたり、息子の嫁の京子さんの凛とした硬質の輝きに惹かれたりする。

それは、老人こそがもちうる鍛えぬかれた感受性である。

友人の建造(66歳)が作次に語る!。

「老人ってのは異人だと私は思うね。

稀人ですよ。

多くなりすぎた稀人です。

民俗学の柳田国男のいう魑魅魍魎のたぐいですよ。

普通の人から見ればもう人間じゃないんですよ」。

この作品は、川端康成の『山の音』にも拮抗しうる、まったく新しい「妖怪小説」である。


走るジイサン (集英社文庫)池永 陽

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